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【翻訳】インタヴュー:ステファン・グラビンスキ訳者 ミロスラフ・リプニスキ

彼は「日常」の裡に非日常を明らかにする手掛りを捜していました。

 

W(Weirdfictionreview.com):どういったものを読んで育ったのでしょうか、また不思議なお噺というのは当時貴方の家で歓迎されていましたか?

L(Miroslaw Lipinski):60年代のニューヨークでの少年時代、私はコナン・ドイル(ホームズの真作)、エドガー・ライス・バロウズイアン・フレミング、サックス・ローマーを読んで育ちました、慥かこの順番だったと思います。宿題でポーの物語を読ませられたはずですが、その頃の私は難しいと思ったはずです。私が初めて自分から進んで不思議な物語に手を出したのは雰囲気のあるマイケル・ウェランのカヴァーのバレンティンから出たペーパーバックのラヴクラフトの短篇集を読んだときです。ラヴクラフトは人によっては装飾過剰の文体と言うかもしれませんが私の趣味に雰囲気が合っているし魅力の有る読物だと思います。

W:WFRの読者にどのようにしてそして何故翻訳家に成られたのか何か別のお仕事をなさっているのかお聞かせ下さいますか?

L:ティーンだった頃に私はジェレミア・カーティン訳のヘンリク・シェンケヴィチの歴史小説を読んだのです(シェンケヴィチを私が熱っぽく読んだ作家として加えるべきかもしれません、幾らか後のことですが)。カーティンの翻訳を読むことで翻訳の重要性と創作物への審美眼が与えられて翻訳家になるという浪漫が注ぎ込まれました――あてやかですがかなり薄給の職、と付け加えようかな。これまで未訳のシェンケヴィチを訳すという夢をもって翻訳の最初の一歩を踏み出しました、でもその頃には個人の趣味としてですが。遂に、二十年が経ってから、出版社にシェンケヴィチの著作の既訳の改訳か翻訳の関心を抱かせました。別の仕事ということですが、私はこれまでの人生で幾つかのことをしてきました、ただ一番長いもので、『ニューエイジ』というライフスタイルマガジンの編集者兼主筆兼インタヴュアーをしています。

W:貴方が出会ったグラビンスキの最初の作品は何でしょう? それを読んでどうお感じになりましたか?

L:私が読んだ最初のグラビンスキ作品は「一瞥 The Glance」です。私がCBSで使い走りをやっていた頃、仕事中に本屋に立ち寄ると割引棚にフランツ・ロッテンシュタイナーの『幻想小説読本 The Fantasy Book』に出会しました。彼は「ポーランドのポー」について書いていて直ぐに興味をそそられて沢山のことが判りました。幸運にも、ニューヨーク公図書館のスラブ・バルト地方部門がグラビンスキの古書の一冊を所蔵していて、それで「The Glance」が私が読んだ最初の物語でした、でもそれはその本の巻末の作品でした。「ポーランドのポー」に翻訳の価値があると判って嬉しくなったばかりか、その物語が私に私やかに語り掛けてくるのが嬉しかったのです、ちょうどその頃私はパニック発作と不安から来る精神的偏奇に悩まされていました。主人公の癖や内的独白がよく解りましたし、彼の窮状に同情を感じました。

W:貴方はグラビンスキの作品に関して沢山の翻訳をなさっています。彼の物語についての何が貴方を最も駆り立てるのでしょうか?

L:知性溢れる内容、能く構成された筋書、雰囲気と境遇、誇らしげな人嫌いとユーモアでしょうか。グラビンスキの作品の多くにおどけたユーモアがちょっぴりあります、特に初期の作品ではそうです。

W:グラビンスキは時に「ポーランドのポー」と称されます。これは公正な比較でしょうか? グラビンスキをポーとは隔たったものとお思いになりますか?

L:グラビンスキを宣伝したり誇示しようとするには好い比較です。グラビンスキはポーの強い賞賛者でした、それに確かに影響があります。グラビンスキの一人称の「ヒステリックな」語りの幾つかはポーみたいに思えます、ただしグラビンスキは自身とポーとを別けていました、それにこのジャンルの他の名の知られた作家全てとも、このジャンルを人間心理の輻輳と生涯の怪奇の探索手段として用いることによって。グラビンスキは現に超自然の可能性を信じ込んでいましたし超自然のものを単に見せかけで使うだけではありませんでした。彼の作品に通底する深い霊性の響きというのもあります、直ぐにはっきりと見えて来るのではありませんが。

W:グラビンスキは共通の話題や言い回しによって繋がれた幾つかの物語の連続を書くことで知られています。列車、ドッペルゲンガー/自己の二重性、隠されている自然の力、等等。何がそれ程の頻度で彼をこれらの話題に集注させたのでしょうか?

L:彼は「日常」の裡に非日常を明らかにする手掛りを捜していました。また大衆が親しみを有つ対象に言及しようとし、そうすることで読者を驚愕させようとしました。当時、鉄道は自動車よりもさらに進んだ最新鋭の旅行手段でした、既に自律したシステム、軌法規則を有しており、衆くの人人に移動の自由、それと同時に行きたい場所への条路を提供していました。列車世界は当時の世界を探検することの色色の可能性を提供しました、それから、幻想家にとっては、世界の彼方を探索することのです。火に関してですが、火というのは尤に基本要素でありますし、また永年人間性に関して用いられております、それを主題の探求の起点に用いるのは、思うに、グラビンスキには明らかです、特に彼は鉄道物語の成功の後の物語群を創作するために別の主題を模索していましたから。ところで、彼は単一の主題にこと寄せた別の巻本を企図していました、一つには性についてです、でも『情熱 Passion』のような短篇集を考慮しない限り、実現には至っていないでしょう。グラビンスキはまた二重性にとても強く関心を寄せていました、ひとの性命の見かけ上永遠の双面性です。善と悪との並置が両者の格別な特徴を高め、研鑽と瞑想に関してそれらをより傑出したものにさせます。彼の著作体系にはとても多くのドッペルゲンガー型の物語があります、その一つに、「チェラヴァの問題 The Problem of Czelawa」がありますが、批評では明らかにスティーヴンソンのジキルとハイドの物語に感化されていると惟われたにも関わらず、グラビンスキは「チェラヴァ」を書く以前には決してその古典作品を読んでいないと主張していました。

W:『暗黒領域 The Dark Domain』の序で、貴方はグラビンスキの全作品は彼が「心理幻想」であるとか「超幻想」と定義した幻想小説の型に当て嵌まると仰っています。そういったものが何であるのかということとグラビンスキが最初にそれを考案する際にどのように閃いたのか御説明頂けますか?

L:心と形而上学に基礎を有っている幻想小説ですね、私達の内側と外側との両者の関係です。グラビンスキ作品の全面というわけでなく、明確に言えば、多くがそうです。私達はグラビンスキが稚い頃には闌けて信心深かったことを知っています、たぶん偏執-強迫的であったとさえ。彼の物語、「接線に沿って On a Tangent」は、或る行為が行われたか、或は行われなかったかもしれませんが、結果としては神の恩寵か憤激かであったでしょう、その生涯の若き日に抱いたかもしれない心境の幾許かを明らかにしているのです。その物語の登場人物に関しては、グラビンスキは彼が知性豊かに育んだ宗教への執心を回避しています、しかし生涯の怪奇を理解するとする冒険、隠秘と顕示との両者の手掛りの中にある未開の人生の意味は、残されたままです。彼は若くして骨関節結核の罹患者でありました、そして父を結核で亡くします、それから彼の姉妹は皆終ぞ稚くして死んでしまいます。それで彼は生涯の課題と夭折について念い患わらざるを得ませんでした。それから彼には深く印象付けられた幼児期の体験があります。学校の同級生が偶然ペンで彼の手を傷付けてしまい、深刻な感染症が起り、医者にも癒せない程で、切断しなくてはならないように念われました。彼の手は救かりました、ところが、znachor(ポーランドの呪術医)の手当に拠るものでした、その人物がグラビンスキの傷を治療したのです。それは適格(現代医療)が敗れたところを打ち克った破格(「藪の」贋-医者)のことでした。グラビンスキは生涯を通して始終破格を実地に歩み適格な意見や「知識」や現状を容れず、確実性や物質主義に対する警告を発したのです。

W:彼の作品でお好きな場面が有りますか? また何故でしょうか?

L:答えるのに難しいものがありますね、回答は気分にも依りますから。ただ彼の「本領」を示すような作品、心のなかの働きに向けられた作品ですが、私には大いに感心させられます。なので、「The Glance」と「On a Tangent」は特に気に入っていますし、「斜視 Strabismus」も素晴らしいですね。「永遠の乗客 The Perpetual Passenger」みたいな単純な話の穏やかで、ユーモアも感じられるような、心の怖惑状態の描写も愉しいですね。でも私は「領域 The Area」のような物語が一番とも思います。私は沢山の物語や言句から何か朗かなものを引き出します。例えば、『薔薇の丘にて On the Hill of Roses』のあの部分、語り手が太陽の情況を描写する箇所です、私には不思議と三次元に迫真のものに思えます。それにきっと『動きの悪魔 The Motion Demon』全体が、私にはですけど、議論を俟たずともこのジャンルの古典です。

W:貴方はグラビンスキ文学の評価を今どのようにお考えになられますか、彼が生涯に受け取った注目とは反対のものでしょうか?

L:私は最近はグラビンスキが存命中に受けた評価については意見を変えつつあります。彼は殆ど自己愛惜じみた仕方で批評を貶しましたが、彼は実際には1918~1922年の間には多くの公正な成功を得ていますし、幾つかの主要な批評紙に評されています。当時彼の物語が新聞紙と専門誌とに公刊されたのを別にすれば、彼は五つの短篇集、完売した短篇集の増訂版一冊を刊行しています、そしてワルシャワと後にはクラクフリヴィウとで演劇を行いました。「在郷」作家と云えば悪くはないかもしれませんが、グラビンスキはそう看做されていました。小説の方へ集中していくにつれて彼は大衆と批評とからの関心を喪っていきます。そう言えば、彼が終いにはポーランドきっての知られざる作家へとなったことと国際社会のなかでの立ち位置を持たないこととには問題有りません、二つの物語がイタリア語に訳されたのを除けば、彼が生きている間には翻訳がありません。全くの失意に沈み、病患に弱り、彼は窮乏に歿しました。今日では、彼の作品の翻訳は幾つかの国に出始めています、年年増えている、そう思えますよ。こうした世界のなかでの関心はドイツ(当時、西ドイツ)に始まり、トルコやポルトガルといった国国にまで及んでいます。勿論、英語話者はこのかたグラビンスキ作品を手に取りつつあります。私は1986年に同人出版を始めました、『グラビンスキ読本 Grabiński Reader』というので、「The Area」と「Strabismus」の翻訳を載せました、それに他の翻訳を著けて小さな版元へ持ち込むとやっと出版を取り付けました。こういった世界中の翻訳のお蔭で、研究者がグラビンスキに目を向けるようになって評価が、かなり壮んなものが、始まっています。特に嬉しかったのは、例えば、『The Dark Domain』がアメリカの大学でスラヴ文学研究の教科書に択ばれたことですね。

W:難しいことは何かありますか、仮令えば、貴方がグラビンスキ作品の翻訳中に出会したりといったことは? どのようにしてポーランドと英語を較べながら彼の物語を読むのでしょうか?

L:今のポーランドポーランド読者にはてんで解らない語句や表現があります、そしたら古いポーランド語の辞書に査べ出すでしょう、今ではインターネットで捜せます、でも私が始めた頃には前にも言いましたけどスラヴ&バルト部(ところで、それは、もう無くなってしまいました、それでも蔵書はまだニューヨーク図書館にあります)。しかしこの探偵仕事は心やすく、却って楽しいものでした、グラビンスキが登場人物に説かせる入り組んだ方法を英語で解るように訳す、厳格正確なものと較べればね。

 彼の物語をポーランド語と比較しながら英語で読むというのは――そうですね、私がそうした物語の訳者として望むのは、ぴったり一致することですね! 私は作家が書いたものに敬意のある翻訳をすることを固く信じていますしテクストの改釈や変更はしないようにしています、読者に対する不義理で作家に対する罪と惟います。私は可能な限りテクストに真面であるように心掛けています、その意味を留めて、出来ることなら、構造もです、とは云え慥かに何度か原のテクストを枉げ読みやすくしたり英語としてもっと意味の通るようにしたことはあります。でも、基本として、皆さんが読むのはグラビンスキの書いたものです、英語に訳されていても。

W:彼の作品の翻訳で最もやりがいのある部分というのは何でしょうか?

L:おそらく翻訳が次第にとても読みやすく魅力があって且つ正確なものになっていくのを見ることです。数多くの原稿を経て、最後の一枚に取り掛かると、何も彼もが働いているという高揚感がありますね。これはジョギングしている時に楽しくなるのとほとんど同じ類のものですね、何も彼も滑らかになって全ての筋肉が能く安く動くようになる瞬間というか。随分おかしなことですが、私は出版物が手に届いてもそれ程の刺戟は無いんです、それが目標なのに。けど、ペンギン社のような版元が、ペンギン・クラシックス・シリーズとして『The Motion Demon』の出版を決定したとしたら、平然とした態度も揺らぐでしょうね。

W:貴方が他に翻訳している人は何方でしょう、それから貴方が現在計画中のものについて些しお聞かせ下さいますか?

L:シェンケヴィチは云いましたね、私のやった翻訳で彼の作品はいっぱいありますよ。彼の『三部作 Trilogy』は是非やりたいですしやるべきと念ってます、でも信じられないくらい巨額の補助金を得るか凄く気前の好い後援者を見つけるまでは有り得ないでしょうね。私はポーランドの詩の翻訳を幾らかしたことがあって、ヒポクレネ・ブックスから出た小さな二巻本に収録されています。今は既う無くなりましたがジェシカ・アマンダ・サルモンソンの『幻想恠奇 Fantasy Macabre』にロマン・ヤヴォルスキのシュルレアリスティックな物語が載ったのと、それとヴィトルド・ゴンブロヴィチの物語を訳したことがありますね、未出版でそのままでしょうけど、同じ物語の訳が既に出版されてますから。徐徐に別の翻訳計画を進めています、この点については明らかに出来ませんが、でも最近はグラビンスキが照準で、不思議なジャンルで概して彼を超えるような興味の有る作家や人物を他のポーランド作家に見出せませんから。

 私のグラビンスキ初期の短篇集の訳、『On the Hill of the Roses』はヒエログラフィック・プレスから出ています、それからグラビンスキの『火の書 The Book of Fire』と『The Motion Demon』改訂版の作業中です。なので英語話者の読者にとって将来グラビンスキはもっと増えるでしょう。

 

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元サイト:http://weirdfictionreview.com/2012/07/interview-translator-miroslaw-lipinski-on-stefan-grabinski/