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阪倉篤義『[増補]日本語の起源』(平凡社ライブラリー、2011年)を読んで

 故常無欲以觀其妙、常有欲以其徼

 

 ここに掲げたのは『老子』の巻頭第一章の言葉、この語を引いて彼の碩学井筒俊彦は次のように言う、つまり「「常無欲」とは深層意識の本源的なあり方。常に無欲、すなわち絶対に執著するところのない、つまり名を通して対象として措定された何ものにも執著しない……無対象的、非志向的意識、つまり無意識……意識ならぬ意識、メタ意識」「「以観其妙」、そういう意識ならぬ意識、メタ意識、によって「其の妙」すなわち絶対無分節的「存在」(「道」)の幽玄な真相が無分節のままに観られる[1]」のだと。そして、「これに反して表層意識の見る世界は、「存在」がいろいろな名によって、つまり言語的に、分節され、様々な事物がそれぞれ「本質」によって規定された存在者として生起してくる世界、「徼」の領域[2]」だと。

 「徼」とは、勝手次第に標識と記号が与えられ線引された世界の見え方。「妙」とはそのような輪郭が溶解し、「存在」が顕現してくる融即世界の観え方、と云ったってぼくは観たことはないが。一言足すのなら、そうした「無」の観法を透得した後に日常世界へ復帰して、ありふれた物のなかを生きるのでなくてはならないということ。これが所謂「存在の驚異」だろう。

 さて、「徼」としての言葉の痕跡、或は語の意味は、どのようにしたら抹消されるだろうか。言葉を用いずに生きることは恐らく不可能だろう。現に、身の回りに、心の内に言葉は溢れかえっている。これらをひとつひとつ取り除こうとするのなら、例えば禅寺にでも籠る外ないだろう。それで好いやと云う人はそれで構わないかもしれないが、特定の宗教に帰依する気の無い人間に出来ることは何か。答、言葉を使い切ることである。言葉の意味を汲み尽くし、言葉を尽くすことである。そのための文学であり、そのための小説であり、そのための詩である。と、これは飽くまで拙論というより思いつきだが。

 

 そんな経緯もあって、言葉に対する興味は尽きせぬところ。何の気なしに買った『日本語の語源』という本が面白かったので、覚書を記すことにする。

 筆者は阪倉篤義、1917年、京都生まれ、京都帝国大学文学部卒で京都大学教養部教授、甲南女子大学教授を務めたそうで、没年は廣松渉と同じ1994年。

 [増補]と名付けられているくらいだから、底本があるのであって、もともとは講談社現代新書から出ていた本で、平凡社ライブラリーに収まるに当たって、『講座日本語の語源 第1巻 語彙原論』(明治書院、一九八二年)に掲載されていた論文が「語源――「神」の語源を中心に」として巻末に併録されている。

 本書の構成は大きく第一部と第二部に分けられている。第一部は「語源をどう考えるか」と題され、「1 名づけの由来」「2 語源の解釈と類推」「3 語源の考え方」と三章構成になっている。第二部は「語源と語義」との題が附されており、七章に分かれ、それぞれの章で「はにかみ」「はづかし」「やさし」、「いたはし」「いとほし」「いとはし」といった具体例を用いて日本語表現のその語源と共に語義を析出してみせている。

 

 語源探求には様様な困難が付き纏う。意味や音韻やに誤解や飛躍が伴い、もと語が抱えていたはずの文脈が覆い隠されてしまうからだ。

 その一例、女性一般を意味する「おんな」という語。「おんな」は中世以前には「をんなwonna」、さらに古くは「をみな」であったらしい。

 womina>womna>wonna>onna

という風な変化を辿り、「おんな」と云われるようになる。しかしこの「をみな」の語に対して別に「おみな」という語があったという。

 omina>omna>o:na

と変化し「おうな」となる。「おきな」と「おうな」と一対にされるように老女を意味する。

 ここからわかるのは、「を」が年少を、「お」が年長を表していたのではないかということだ。

 ところで少女を意味する「をみな」に対しては「をぐな」が少年を意味した。つまり、「をみな」と「をぐな」、「おみな」と「おきな」がそれぞれ対となるので、「み」(m)が女性、「き、ぐ」(k、g)が男性を表していたことになる。イザナギイザナミの「ギ」と「ミ」がそれだ。

 

年長

年少

男性

おきな

をぐな

女性

おみな

をみな

 さて、さらに「をとこ」と「をとめ」との語もあった。

男性:をとこ

女性;をとめ

「こ」と「め」がそれぞれ男性女性を意味するのは承知の通りだが、「をと」は何か。「をと」は「若返る」を意味する動詞「をつ」に関係づけられると説明される。つまり「若々しい活力にあふれた男性、あるいは女性」ということらしい。また、「をとめ」は厳密には処女のことを指し、前出の「をみな」とは区別されていたようだ。しかし、結局のところ混同されるようになり、結果として「をとこ」と「をみな」という対立関係が出てくる。

 後代になると「をとこ」が適齢期の男の意味から広がって男性一般を意味するようになると、もともとは年少の女性を指した「をみな」の方も女性一般を意味するようになる。そして音韻が変化した結果としての「おんな」の語が女性一般を意味することになるというわけだ。このような複雑な経緯を説明して初めて「おんな」の語の出自が辿られるのである。

 

 しかし、世の中の人間すべてが学者というわけでは無いのであるから間違った解釈を施してしまう場合もある。そのような民間に伝わる語源説を民衆語源、構成上本来考えられるべき分析とは違った分析を異分析、そして、ありもしない原形を考え出してしまうことを誤った回帰という。

 例えば、「あるいは」を「思ひ」とか「笑ひ」の「ひ」はイと発音するのだから、「あるいは」の「い」も古くは「ひ」と表記したに違いない考え出して、「あるひは」などと書いてしまうようなものだ。「あるいは」は動詞「有り」の連体形「有る」に、コト・モノの意を表す接尾語(もしくは古い助詞)の「い」と、さらに係助詞の「は」がついたもので、「有るものは」の意味で、「あるいは……、あるいは……」のように用いられたそうで、英語でいう「One……, the other……」を考えるとわかりやすいだろう。

 

 話が逸れるが「い」がコト・モノを表したというのは注目に値する。日本語で存在を表す語によく使われるものとしては「ある」を挙げられる。よく事実存在を「がある」、本質存在を「である」などと云う。他方で、「現前する」とか「存在する」という言い方もある。そこでふと疑問に思うのが、別段「ある」ばかり使う必要はないのではということだ。というのも、例えば、誰かの不在を気に掛けて云うのはその人が「いる」かどうかであって、「ある」かどうかではないのである。例を挙げれば、学校で出席をとる際に「X君はあるか」などとは言わないのであって「X君はいるか」と訊くのである。実存主義とは本来この「いる」ことを肯えて取り上げる思想ではないのかと最近思うようになったが、存在は常に「ある」の一語に牛耳られ全く不活性の言語活動を催してきたと感じる。せめて「ある」「いる」「おる」を用いなくては余りに言葉足らずではないだろうか。また、「居」は「すわる」の意味があることから、「現前する」などとしかつめらしく云うより余程presenceである。とにかく「いる」ことの現前性、切迫性をここでは主張しておく。

 

 話を戻して、本書において特に面白かった一節を取り上げておこう。第二部の5章「悲哀と感情――「かなし」「ゆかし」」、なかんずく「かなし」の語源説は興味深い。

 阪倉先生は〈ことざま〉的表現と〈こころざま〉的表現という二つの概念を軸に言語の機能を分析していくのだが、その〈ことざま〉と〈こころざま〉との二つが雑じり合っているように見えることから「かなし」の一語を取り上げる。ところで、〈ことざま〉は叙事性、〈こころざま〉は抒情性と言い換えても好さそうである。とは云っても、和語を操縦して分析することに意義があるのだろうけど。

 さて、「かなし」の語が悲哀の情緒を表すのは『万葉集』の昔から変わらないそうで、だいたい次の四ないし五種類の場合があるらしい。

  1. 人の死をいたむ、亡き都をいたむ(挽歌)
  2. 離別(相聞)
  3. 旅愁(羇旅)
  4. 無常孤独

 上の四、五種の区別には共通する情緒があって、それは「求めるものは今ここに欠如して、無いことから生じる、空虚・孤独の思い」であり、「かなし」の基調をなす意義である。

 さて、上のものとは若干違った意味での用法が見られる。「愛しい」の意で用いられている場合である。こうした用法は東国方言、というよりは俗語に限られると指摘されている。

 それはそうと、こうした「かなし」は激しい愛情と一続きの孤独寂寥を表しているのであり、「その志向対象――たとえば子とか妻とか――を、自己の分身であるかのように感じる結果、それが自分と別の存在であることは、自己の一部が欠如しているような欠乏感を覚える」といった情緒をいうものであった。つまり、プラトンの『饗宴』に出てくるアリストファネスの「男女」、ヘルマフロディートスに象徴される全人性、そうしたものに表される完成欲求と見做しうるだろう。「かなし」の語源は「かぬ」であり、「ある一点を基準にして、それから他の点にわたって、これを併せることを意味する」のだから肯い得るのではないか。欠けたるこの身をあの身と「兼ね」たいという欲求、その不達成の予感が「かなし」の一語で表されており、文脈によってその多面性を回転する球体のようにして示してくれるのである。

 「かなしさ」を第三者によって惹起されるとなると、この第三者のありようが「かなし」と〈ことざま〉的に表現されるようになる。また、「かなし」によって表される、無念さ、残念さ、みじめで情けない気持ちに焦点が当てられるようにもなる。さらに、「かぬ」に関連する「かなふ」という語があるが、まさにこの語の否定の「かなわない」(どうしようもない、対処できない)が「かなし」の意味となる。そして、我が身の「かなしさ」、不遇を、「貧しさ」を指すようになる。大雑把に云えば詫び錆びとは「かなしさ」のことだろう。芭蕉の叙事性は自然への「かなしみ」に向けられていると云って遠くないかもしれない。

 語源を探れば、語の種種の面貌を窺うことが出来る。言葉の歴史と意義を知れば、自ずから言葉を尽くすことになるだろうと思うが、どうだろう。言葉が、標識が、明滅する最中に見えてくる情緒があるはずで、それを探る内に言葉の意味の向こう側へ辿り着くのかもしれない、つまり存在へ。

 

 最後に、吉田一穂の有名な詩「母」はまさにこの「かなし」を尽くしたと云いたくなる。

 

あゝ麗はしい距離(デスタンス)、

つねに遠のいてゆく風景……

悲しみの彼方、母への、

捜り打つ夜半の最弱音(ピアニッシモ)。

 

 

 

 

 

[1] 井筒俊彦『意識と本質』(岩波文庫、1991年)p.16

[2] 同上。P.16-17