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【翻訳】ミハル・アイヴァス「クウィントゥス・エレクトゥス」

  クウィントゥスはその大きさを除けば独り一個の理由にのみ拠り非凡であるが、該る理由というのは将にそれ独特の擬態である。事実としては、この擬態と雖も原を云えば全くの新物では無いのであって、〈ベイト型擬態〉と呼称されて居り、〈自然〉に於いては何ら奇しいものでは無い(〈ベイト型擬態〉は無害なる動物が危険なる動物の外姿の表徴を取り込むという事象に拠り特徴附けられて居る……)。複た同様にこの無害脆弱なクウィントゥスは捕食者の似せ物を手段として自らを衛るのであるが、かかる似せ物は恐らく一方で他の動物の恐怖を惹起せしめると共に他方では似せられた種の個体の一部についてその興味を欠如せしめるのである。

 このクウィントゥスの典型をなすところの擬態が独特であるというのは唯クウィントゥスの見かけに似せられる捕食者というのがヒトであるということに関してなのである。クウィントゥスが四つ足全てを用いて歩行している際には、誰もヒトとこの者との間の類似には何一つ気附かないであろう、草を食んでいるクウィントゥスは一寸斗り巨きなカピバラに視えるのだ。しかしこの動物は危険を察知するとその後脚で立ち上がる習慣を有って居る(クウィントゥス・エレクトゥスの所以である)、躰にぴったりとその両手を圧し著け、攻奪者に頭を向けると動かずにじっと留まる。……人間の身体は……この動物の体毛に依り写される、即ち黒い体毛の両つの垂直縞模様が指の備わった人間の手の印象を喚ぶのである。最も非凡であるのはこの動物の頭部である。皮膚の如く映ずる柔らかな体毛で一面被われて居り、正面に於いては長長とした鼻は見えなくなり、頭の有色部は人間の顔貌を移し出すのだ、瞳を、眉を、鼻を、そして唇をである、この間実際の眼と口とは体毛に紛れ識別されない。三米の遠きにあっては吾人はいとも容易くこの動物を人と錯認し得るであろう、五米も隔たればこの該動物は人と区別不可である。

 私は初めてこの動物と謁えたる折を決して忘れないだろう。私は牧草地に放たれているクウィントゥスに気附いた。私の眼路に入ると、それは即座に後脚で立ち上がって直立不動である。この巨大齧歯類の人と見紛う許りのものへの変身はそれだけで何か酷く不快なものであった、私はこの畜生の催さす吐気が科学者社会中に於いてさえ学的好奇心を上回る強烈なものと解した。我我はそこに立ったまま且くの間瞶め合った。クウィントゥスはかれの小さな瞳で私を瞶めていた、体毛の下に隠れた眼で、そして〈自然〉がその体毛に描き出したもの視えぬ眼で。私は憎たらしく感じた、しかし同時にその生物を見るのを止められなかった。

 

***

 

 私はこの動物の研究に捧げた我が生涯の幾年かを忘れず且つそれについて書いた本が全出版社に様様な口実で拒絶を云い下されたのを忘れない。私は一事にのみ疑いを懐いている。ヨーロッパにクウィントゥスの検体を連れて来たことは正しかっただろうか。……拘禁下のクウィントゥスの生態が識られていないのはクウィントゥスを捕獲しようとの考えを有った最初の人間が私だからだ。可笑しなことだが、私はクウィントゥスがわかった、初め脅えて居た時期は変な客人の様に室の隅に何時間も立っていたが、犬よりも更に忠実になったのだ。散歩に連れ出すと、かれは脅えていた、人を怕れた、車や犬を怖がって即ぐに後脚で立ち上がった。奇態な人への変身はここではその生まれ故郷でするよりも不愉快なものだった。まるで不快なものでも見るように子供の眼を覆う母親を見た。人人はクウィントゥスを罵ろうとした、興奮した老人がこの動物を叩き出すと、私にもそうした、杖でだ。後には我我は夕方と夜間にのみ出歩くようにした。街燈の灯では殆ど誰もかれが人ならぬことに気が著かなかった。

 クウィントゥスは尤ても愛くるしかった、しかしその愛くるしさは私にとって喜ばしいものでは無かったと打ち明けねばなるまい。かれが私の顔に似せ面で優しく頬擦りしてくると、この動物の舌が突如可怪しな場所から出てきたのだ、それからクウィントゥスはその舌で私を舐め回した、しかし私は心好くは感じなかった。私は決して私のクウィントゥスを害わなかった、だが私はこの動物を本当には愛そうとしなかった。〈自然〉が游ぶ奇異なる遊戯に関してこの動物に対して或る種の不如意を感ぜずに居る可くは無かった、それはこの生物に種の発展の樹系から極めて隔たった外姿を防禦用の仮面として与えたのだ。

 私はこの動物を処女林に返すことを考えた。まるでクウィントゥスはこれを察したかのように、衝動に苛まれ何かを伝えようと冀う眼差しで私を瞶めるではないか、ぼくはあなたの感じていることがわかるんだ、ぼくはあなたの愛を欲しがらないよ、でも、おねがい、ぼくをここに居させてよ、森にはかえさないで。あなたはぼくに似た動物と出会うことがぼくにとってつらいことだって知らないんだ。

 この瞬間に私はフランツ・カフカが書いた悲しい混血種のことを思い泛べた――しかし相違はクウィントゥスの生涯の不幸に因る不倖せだ! カフカの動物が生きた患苦は事実としてはその種の動物のみのことであった。〈クウィントゥス〉はその偏畸に自身気附いているが故に他の種の動物との連絡を苦しむのだ、のみならずまた別の者はそれに加えて鏡にその偏畸を視るが為に苦しむのである、かれらは同じ種の動物との連絡に於いて当惑を感じる、また恥を。〈クウィントゥス〉は敵を有たぬ、かれらを攻めるものは無い、しかしかれらの生涯は絶え間の無い責め苦なのである。

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元サイト:http://weirdfictionreview.com/2011/11/quintus-erectus-by-michal-ajvaz/

【翻訳】宇宙の不思議な相:ミハル・アイヴァスへのインタヴュー

W(Weirdfictionreview.com):アイヴァスさんの稚い頃に育った家では奇妙な味わいの作品は歓迎されていたでしょうか、どのような形でしたか?

A(Michal Ajvaz):私の子供時代、1950年代でしたが、チェコスロヴァキアでは、書店で不思議な読物(或は非現実の書籍)を購入するのは不可能でした。ただ幾らか方途はあって私の父は根っからの文学青年で、好い本で大きな書棚をいっぱいにしていて、何冊かは第二次世界大戦前から保存されていて、何冊かは古書店で買ったものでした、それでその本棚は子供の頃の私にとって胸躍る発見の有る大冒険の旅の領域となりました。その書架には奇妙な本はそれほど多くありませんでしたが、例えばポーやギュスターヴ・マイリンクなどが見えました。私は直ぐに自分で本を見つけるようになり古書店で捜すようになりました。それから1960年代の初めには国の政治や文化の状況が変わって公には禁止されていたような沢山の本が出版を許可されました(1970年代には、ソヴィエトの侵入の後、再び全てが悪化しました)。私が出会った最初の奇妙な本の作者はポー、アレクサンドル・グリーン、それにレイ・ブラッドベリで、11歳の頃ですね、それからE・T・A・ホフマンとアンブローズ・ビアスが12歳、カフカが14歳、そしてラヂスラフ・クリマ(チェコの哲学者で小説家)、ロートレアモンヴィリエ・ド・リラダンマンディアルグ、アルフレート・クビーン、ユンガー……H・P・ラヴクラフトは35歳になるまで読んでません、子供の時分から知っていたとしてもブラッドベリの『火星年代記』からでしょう、ただ彼の著作チェコスロヴァキアでは入手する術が有りませんでした。

W:奇妙な作品から、貴方の定義で構いませんが、どれ程の影響を与えたでしょうか?

A:おそらく著名な作家の各各が私の著作に影響を有っているでしょう、その大きなところではたぶんカフカ、ユンガー、それにマンディアルグ。でも私は奇妙の標号を附すことが出来ないような作品を書いている作家からも影響されていますね、リルケプルースト、或はナボコフ……。

W:不思議な作品というのは恐怖、知られざるもの、浄化、それから……?

A:……それに宇宙の不可思議の相。

W:「不思議過ぎる」というような物事はあるでしょうか? それから誰かが貴方の作品を「余りにも妙だ」と云って非難したことはありますか?

A:現実主義の物語の支持者である批評家から奇妙が過ぎるとの誹りを受けましたね。それで私は超不可思議の書物を想像することが出来ます。その不可思議性は著者の魂から来るのではなくて表在する効果を積層させることで真の不可思議のこうした欠如の代替を為します(大抵の場合には妙が過ぎる必要はありません)。

W:貴方が読まれた裡で最も奇妙なものは何でしょうか?

A:この問題は答えづらいですね、妙weirdという語には一つの意味よりも多いものがありますから。ただ名を上げるとすればラヂスラフ・クリマの『偉いなる小説 The Great Novel』――怪奇、幻想、哲学、恐怖、それから官能小説のごった煮で作家の死後17年経ってから初めて出版されました。

W:『The Wired』に載った貴方の物語は奇妙というだけでなく超現実且つ不条理ですね、少なくとも我我の眼にはですが。超現実主義、不条理主義、それから他の主義などと係りのあるものが奇妙な作品でしょうか?

A:[上述のものに付け足しますと]私の意見では奇妙な作品は世界の不思議な相の発見と関係があります。思うにこの特徴は超現実主義と奇妙な作品との[つながり]を創るのです。勿論、随分奇妙な超現実主義(マンディアルグ)もそれほど奇妙ではない超現実主義(例えば、『パリの農夫』のアラゴン)とがありますね、ただし私の意見ですが奇妙な作品とあらゆる種類の超現実主義なるものは世界は興味の無い、望むべき奇跡の無い鈍い場所で文学の使命はこうした鈍根を描出するものだという認可を共通して拒絶することで一致しています……。それから不条理主義ですが、カフカは取り分け宇宙のこうした新しい相の一方の面を明らかにしています、より杳く悒い面です、しかし生涯を同様の怪奇の表現として示します……。超現実の想像の悦びとカフカの失意とは同じ宇宙観の二つの面なのです、経験の在り来りの型からの解放された観方です。それと、云うまでもなく、超現実主義とカフカとの両者は私の著作の偉大な源でした。

W:貴方にとって奇妙な話の妙が足りない時、何か理由がおありでしょうか?

A:妙が、様様な世界観の結果としてではなく、文学上の影響の結果としてだけ現れている時ですね。

W:若し見落とされている作家で復刊させてより玩味されるべき奇妙な風の作家を一人選ぶとすれば、それは誰ですか?

A:ラヂスラフ・クリマですね。

W:最後に、特に貴方にとって最も意味を有つような奇妙な作品はありますか?

A:カフカの『変身』と『審判』、アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグの「考古学者」の三つの名を上げたいと惟います。

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元サイト:http://weirdfictionreview.com/2011/11/the-miraculous-side-of-the-universe-an-interview-with-michal-ajvaz/

【翻訳】インタヴュー:ステファン・グラビンスキ訳者 ミロスラフ・リプニスキ

彼は「日常」の裡に非日常を明らかにする手掛りを捜していました。

 

W(Weirdfictionreview.com):どういったものを読んで育ったのでしょうか、また不思議なお噺というのは当時貴方の家で歓迎されていましたか?

L(Miroslaw Lipinski):60年代のニューヨークでの少年時代、私はコナン・ドイル(ホームズの真作)、エドガー・ライス・バロウズイアン・フレミング、サックス・ローマーを読んで育ちました、慥かこの順番だったと思います。宿題でポーの物語を読ませられたはずですが、その頃の私は難しいと思ったはずです。私が初めて自分から進んで不思議な物語に手を出したのは雰囲気のあるマイケル・ウェランのカヴァーのバレンティンから出たペーパーバックのラヴクラフトの短篇集を読んだときです。ラヴクラフトは人によっては装飾過剰の文体と言うかもしれませんが私の趣味に雰囲気が合っているし魅力の有る読物だと思います。

W:WFRの読者にどのようにしてそして何故翻訳家に成られたのか何か別のお仕事をなさっているのかお聞かせ下さいますか?

L:ティーンだった頃に私はジェレミア・カーティン訳のヘンリク・シェンケヴィチの歴史小説を読んだのです(シェンケヴィチを私が熱っぽく読んだ作家として加えるべきかもしれません、幾らか後のことですが)。カーティンの翻訳を読むことで翻訳の重要性と創作物への審美眼が与えられて翻訳家になるという浪漫が注ぎ込まれました――あてやかですがかなり薄給の職、と付け加えようかな。これまで未訳のシェンケヴィチを訳すという夢をもって翻訳の最初の一歩を踏み出しました、でもその頃には個人の趣味としてですが。遂に、二十年が経ってから、出版社にシェンケヴィチの著作の既訳の改訳か翻訳の関心を抱かせました。別の仕事ということですが、私はこれまでの人生で幾つかのことをしてきました、ただ一番長いもので、『ニューエイジ』というライフスタイルマガジンの編集者兼主筆兼インタヴュアーをしています。

W:貴方が出会ったグラビンスキの最初の作品は何でしょう? それを読んでどうお感じになりましたか?

L:私が読んだ最初のグラビンスキ作品は「一瞥 The Glance」です。私がCBSで使い走りをやっていた頃、仕事中に本屋に立ち寄ると割引棚にフランツ・ロッテンシュタイナーの『幻想小説読本 The Fantasy Book』に出会しました。彼は「ポーランドのポー」について書いていて直ぐに興味をそそられて沢山のことが判りました。幸運にも、ニューヨーク公図書館のスラブ・バルト地方部門がグラビンスキの古書の一冊を所蔵していて、それで「The Glance」が私が読んだ最初の物語でした、でもそれはその本の巻末の作品でした。「ポーランドのポー」に翻訳の価値があると判って嬉しくなったばかりか、その物語が私に私やかに語り掛けてくるのが嬉しかったのです、ちょうどその頃私はパニック発作と不安から来る精神的偏奇に悩まされていました。主人公の癖や内的独白がよく解りましたし、彼の窮状に同情を感じました。

W:貴方はグラビンスキの作品に関して沢山の翻訳をなさっています。彼の物語についての何が貴方を最も駆り立てるのでしょうか?

L:知性溢れる内容、能く構成された筋書、雰囲気と境遇、誇らしげな人嫌いとユーモアでしょうか。グラビンスキの作品の多くにおどけたユーモアがちょっぴりあります、特に初期の作品ではそうです。

W:グラビンスキは時に「ポーランドのポー」と称されます。これは公正な比較でしょうか? グラビンスキをポーとは隔たったものとお思いになりますか?

L:グラビンスキを宣伝したり誇示しようとするには好い比較です。グラビンスキはポーの強い賞賛者でした、それに確かに影響があります。グラビンスキの一人称の「ヒステリックな」語りの幾つかはポーみたいに思えます、ただしグラビンスキは自身とポーとを別けていました、それにこのジャンルの他の名の知られた作家全てとも、このジャンルを人間心理の輻輳と生涯の怪奇の探索手段として用いることによって。グラビンスキは現に超自然の可能性を信じ込んでいましたし超自然のものを単に見せかけで使うだけではありませんでした。彼の作品に通底する深い霊性の響きというのもあります、直ぐにはっきりと見えて来るのではありませんが。

W:グラビンスキは共通の話題や言い回しによって繋がれた幾つかの物語の連続を書くことで知られています。列車、ドッペルゲンガー/自己の二重性、隠されている自然の力、等等。何がそれ程の頻度で彼をこれらの話題に集注させたのでしょうか?

L:彼は「日常」の裡に非日常を明らかにする手掛りを捜していました。また大衆が親しみを有つ対象に言及しようとし、そうすることで読者を驚愕させようとしました。当時、鉄道は自動車よりもさらに進んだ最新鋭の旅行手段でした、既に自律したシステム、軌法規則を有しており、衆くの人人に移動の自由、それと同時に行きたい場所への条路を提供していました。列車世界は当時の世界を探検することの色色の可能性を提供しました、それから、幻想家にとっては、世界の彼方を探索することのです。火に関してですが、火というのは尤に基本要素でありますし、また永年人間性に関して用いられております、それを主題の探求の起点に用いるのは、思うに、グラビンスキには明らかです、特に彼は鉄道物語の成功の後の物語群を創作するために別の主題を模索していましたから。ところで、彼は単一の主題にこと寄せた別の巻本を企図していました、一つには性についてです、でも『情熱 Passion』のような短篇集を考慮しない限り、実現には至っていないでしょう。グラビンスキはまた二重性にとても強く関心を寄せていました、ひとの性命の見かけ上永遠の双面性です。善と悪との並置が両者の格別な特徴を高め、研鑽と瞑想に関してそれらをより傑出したものにさせます。彼の著作体系にはとても多くのドッペルゲンガー型の物語があります、その一つに、「チェラヴァの問題 The Problem of Czelawa」がありますが、批評では明らかにスティーヴンソンのジキルとハイドの物語に感化されていると惟われたにも関わらず、グラビンスキは「チェラヴァ」を書く以前には決してその古典作品を読んでいないと主張していました。

W:『暗黒領域 The Dark Domain』の序で、貴方はグラビンスキの全作品は彼が「心理幻想」であるとか「超幻想」と定義した幻想小説の型に当て嵌まると仰っています。そういったものが何であるのかということとグラビンスキが最初にそれを考案する際にどのように閃いたのか御説明頂けますか?

L:心と形而上学に基礎を有っている幻想小説ですね、私達の内側と外側との両者の関係です。グラビンスキ作品の全面というわけでなく、明確に言えば、多くがそうです。私達はグラビンスキが稚い頃には闌けて信心深かったことを知っています、たぶん偏執-強迫的であったとさえ。彼の物語、「接線に沿って On a Tangent」は、或る行為が行われたか、或は行われなかったかもしれませんが、結果としては神の恩寵か憤激かであったでしょう、その生涯の若き日に抱いたかもしれない心境の幾許かを明らかにしているのです。その物語の登場人物に関しては、グラビンスキは彼が知性豊かに育んだ宗教への執心を回避しています、しかし生涯の怪奇を理解するとする冒険、隠秘と顕示との両者の手掛りの中にある未開の人生の意味は、残されたままです。彼は若くして骨関節結核の罹患者でありました、そして父を結核で亡くします、それから彼の姉妹は皆終ぞ稚くして死んでしまいます。それで彼は生涯の課題と夭折について念い患わらざるを得ませんでした。それから彼には深く印象付けられた幼児期の体験があります。学校の同級生が偶然ペンで彼の手を傷付けてしまい、深刻な感染症が起り、医者にも癒せない程で、切断しなくてはならないように念われました。彼の手は救かりました、ところが、znachor(ポーランドの呪術医)の手当に拠るものでした、その人物がグラビンスキの傷を治療したのです。それは適格(現代医療)が敗れたところを打ち克った破格(「藪の」贋-医者)のことでした。グラビンスキは生涯を通して始終破格を実地に歩み適格な意見や「知識」や現状を容れず、確実性や物質主義に対する警告を発したのです。

W:彼の作品でお好きな場面が有りますか? また何故でしょうか?

L:答えるのに難しいものがありますね、回答は気分にも依りますから。ただ彼の「本領」を示すような作品、心のなかの働きに向けられた作品ですが、私には大いに感心させられます。なので、「The Glance」と「On a Tangent」は特に気に入っていますし、「斜視 Strabismus」も素晴らしいですね。「永遠の乗客 The Perpetual Passenger」みたいな単純な話の穏やかで、ユーモアも感じられるような、心の怖惑状態の描写も愉しいですね。でも私は「領域 The Area」のような物語が一番とも思います。私は沢山の物語や言句から何か朗かなものを引き出します。例えば、『薔薇の丘にて On the Hill of Roses』のあの部分、語り手が太陽の情況を描写する箇所です、私には不思議と三次元に迫真のものに思えます。それにきっと『動きの悪魔 The Motion Demon』全体が、私にはですけど、議論を俟たずともこのジャンルの古典です。

W:貴方はグラビンスキ文学の評価を今どのようにお考えになられますか、彼が生涯に受け取った注目とは反対のものでしょうか?

L:私は最近はグラビンスキが存命中に受けた評価については意見を変えつつあります。彼は殆ど自己愛惜じみた仕方で批評を貶しましたが、彼は実際には1918~1922年の間には多くの公正な成功を得ていますし、幾つかの主要な批評紙に評されています。当時彼の物語が新聞紙と専門誌とに公刊されたのを別にすれば、彼は五つの短篇集、完売した短篇集の増訂版一冊を刊行しています、そしてワルシャワと後にはクラクフリヴィウとで演劇を行いました。「在郷」作家と云えば悪くはないかもしれませんが、グラビンスキはそう看做されていました。小説の方へ集中していくにつれて彼は大衆と批評とからの関心を喪っていきます。そう言えば、彼が終いにはポーランドきっての知られざる作家へとなったことと国際社会のなかでの立ち位置を持たないこととには問題有りません、二つの物語がイタリア語に訳されたのを除けば、彼が生きている間には翻訳がありません。全くの失意に沈み、病患に弱り、彼は窮乏に歿しました。今日では、彼の作品の翻訳は幾つかの国に出始めています、年年増えている、そう思えますよ。こうした世界のなかでの関心はドイツ(当時、西ドイツ)に始まり、トルコやポルトガルといった国国にまで及んでいます。勿論、英語話者はこのかたグラビンスキ作品を手に取りつつあります。私は1986年に同人出版を始めました、『グラビンスキ読本 Grabiński Reader』というので、「The Area」と「Strabismus」の翻訳を載せました、それに他の翻訳を著けて小さな版元へ持ち込むとやっと出版を取り付けました。こういった世界中の翻訳のお蔭で、研究者がグラビンスキに目を向けるようになって評価が、かなり壮んなものが、始まっています。特に嬉しかったのは、例えば、『The Dark Domain』がアメリカの大学でスラヴ文学研究の教科書に択ばれたことですね。

W:難しいことは何かありますか、仮令えば、貴方がグラビンスキ作品の翻訳中に出会したりといったことは? どのようにしてポーランドと英語を較べながら彼の物語を読むのでしょうか?

L:今のポーランドポーランド読者にはてんで解らない語句や表現があります、そしたら古いポーランド語の辞書に査べ出すでしょう、今ではインターネットで捜せます、でも私が始めた頃には前にも言いましたけどスラヴ&バルト部(ところで、それは、もう無くなってしまいました、それでも蔵書はまだニューヨーク図書館にあります)。しかしこの探偵仕事は心やすく、却って楽しいものでした、グラビンスキが登場人物に説かせる入り組んだ方法を英語で解るように訳す、厳格正確なものと較べればね。

 彼の物語をポーランド語と比較しながら英語で読むというのは――そうですね、私がそうした物語の訳者として望むのは、ぴったり一致することですね! 私は作家が書いたものに敬意のある翻訳をすることを固く信じていますしテクストの改釈や変更はしないようにしています、読者に対する不義理で作家に対する罪と惟います。私は可能な限りテクストに真面であるように心掛けています、その意味を留めて、出来ることなら、構造もです、とは云え慥かに何度か原のテクストを枉げ読みやすくしたり英語としてもっと意味の通るようにしたことはあります。でも、基本として、皆さんが読むのはグラビンスキの書いたものです、英語に訳されていても。

W:彼の作品の翻訳で最もやりがいのある部分というのは何でしょうか?

L:おそらく翻訳が次第にとても読みやすく魅力があって且つ正確なものになっていくのを見ることです。数多くの原稿を経て、最後の一枚に取り掛かると、何も彼もが働いているという高揚感がありますね。これはジョギングしている時に楽しくなるのとほとんど同じ類のものですね、何も彼も滑らかになって全ての筋肉が能く安く動くようになる瞬間というか。随分おかしなことですが、私は出版物が手に届いてもそれ程の刺戟は無いんです、それが目標なのに。けど、ペンギン社のような版元が、ペンギン・クラシックス・シリーズとして『The Motion Demon』の出版を決定したとしたら、平然とした態度も揺らぐでしょうね。

W:貴方が他に翻訳している人は何方でしょう、それから貴方が現在計画中のものについて些しお聞かせ下さいますか?

L:シェンケヴィチは云いましたね、私のやった翻訳で彼の作品はいっぱいありますよ。彼の『三部作 Trilogy』は是非やりたいですしやるべきと念ってます、でも信じられないくらい巨額の補助金を得るか凄く気前の好い後援者を見つけるまでは有り得ないでしょうね。私はポーランドの詩の翻訳を幾らかしたことがあって、ヒポクレネ・ブックスから出た小さな二巻本に収録されています。今は既う無くなりましたがジェシカ・アマンダ・サルモンソンの『幻想恠奇 Fantasy Macabre』にロマン・ヤヴォルスキのシュルレアリスティックな物語が載ったのと、それとヴィトルド・ゴンブロヴィチの物語を訳したことがありますね、未出版でそのままでしょうけど、同じ物語の訳が既に出版されてますから。徐徐に別の翻訳計画を進めています、この点については明らかに出来ませんが、でも最近はグラビンスキが照準で、不思議なジャンルで概して彼を超えるような興味の有る作家や人物を他のポーランド作家に見出せませんから。

 私のグラビンスキ初期の短篇集の訳、『On the Hill of the Roses』はヒエログラフィック・プレスから出ています、それからグラビンスキの『火の書 The Book of Fire』と『The Motion Demon』改訂版の作業中です。なので英語話者の読者にとって将来グラビンスキはもっと増えるでしょう。

 

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元サイト:http://weirdfictionreview.com/2012/07/interview-translator-miroslaw-lipinski-on-stefan-grabinski/

パヴェル・レンチィン Pavel Renčín「The Dragon Star」『Dreams From Beyond』(ユリエ・ノヴァーコヴァ Julie Novakova編、2016年)所収

 先日、阿部賢一先生のツイートから『Dreams From Beyond』という題でチェコのSF(と云っても科学小説ではなく、スペキュレイティヴ・フィクション)のアンソロジーの英訳版が公開されていると知って、さっそくぼくもpdfを入手し、取り敢えず頭から順に読んでいる。そして、この間、ようやく巻頭一作目の「The Dragon Star」を読み卒えた。というより、日本語に訳しながら読んでいたのだけれど、つい先程邦訳作業を完了したのである(いやはや、疲れました)。

 で、肝心の内容については、何やら羊飼の若者に神話の登場人物or生物が管理されてその生を、いや死を完う出来ずに居る。そんな折、最後の一匹となった竜がようやく死を遂げる。それまでの場面がシュタイガーの所謂「叙事的なもの」に満ちた語りで語られていく。何となく、イーザーの虚構論が頭の中でちらつくが(たぶん関係ない)、竜が空を上り詰めていってそののち墜落したりするエピソードがあり、ここで宮沢賢治の「よだかの星」を明瞭に重ねることが出来る。レンチィンの物語においてもまた、神話上の者は死を遂げ忘れ去られることで星になるのだが、ニンフやら何やらが出て来て羊飼にエアリアルを解放して星を与えるように乞うところがある。しかし、その願い出は聞き入れて貰えないまま終わる。竜の上昇と下降はダニロ・キシュの「魔術師シモン」やニーチェの「ツァラトゥストラ」を連想させるが、先述の通り竜は美事?にその死を死ぬわけだが、最後に空を飛び都市の高楼のただなかで末期の上昇を開始する前に一人の少年を喰い殺している。この少年はほとんど生贄として物語に配されており、母親の云いつけを破ってゴミ山に出かけて行って片足を怪我している折に竜殺しの老人と出会い、その後、竜の潜む古びた倉庫へと赴くことになる。この竜殺しの老人も年齢のせいか何なのか足取りが覚束ないという描写がある。そして、奇妙にも竜もまた片足が不具なのだ。この辺りは神話の要素としては重要だろう。また、神話の対立構造に欠かせない竜殺しさえ老いぼれの爺さんというのが悲しいところ。

 時代背景については余りはっきりとした記述はなく、もしかすると神話の時代から現代まで、或いは荒廃した近未来までの時代が曖昧なままに描かれているのかもしれない。物語は第九章の語り手の純粋な語りである第九章を除き、八つのエピソードに拠って構成されている。それと、ちょっとWikipediaを見た限りでは、「ドラゴンスレイヤー」もののアンソロジーに複数の作品が収められており、もしかしたら連作だったりするのかもしれない。

 

 ところで、著者情報等(以下、pdf版から)。この「Dračí hvězda」(The Dragon Star)はアンソロジー『Drakobijci』(屠竜者)第3巻(ミハエル・ブロネク編、2001年)に収録されたもので、同書はDragonslayers fantasy賞の候補作をまとめたものだそう。ちなみに、「The Dragon Star」は受賞作。2004年には「Pevnost」誌に掲載され『Legendy: Draci』(竜の伝説集)(ミハエル・ブロネク編、2010年)に収められている。2015年にはFantastica.roにルーマニア語訳が公開されているが、今回(pdf版)が初の英訳での刊行。

 

 著者について

 パヴェル・レンチィン(1977~)は破壊的な有力者としてチェコの文学界に参入した。彼は短篇「Stvořitel」(創造者)で1999年にデビューするとそれから幾つかの文学賞を受賞している。そして、彼の名はスペキュレイティヴ・フィクションのアンソロジーに常に並んでいる。その作品のほとんどがアーバン・ファンタジー、マジック・リアリズムやホラーといったジャンルに収まる。彼の最初の長編『Nepohádka』(非妖精譚)は2004年に出版されており、また『Jméno korábu』(箱舟の名前)が2007年に出ている。一年後(2008年)、彼はチェコ共和国の最初期のオンライン小説の一つ『Labyrint』(迷宮)(Kosmas)を書き上げる(紙の書籍は2010年に出版)。ちなみに同作は読者と協力して書くという筒井御大の『朝のガスパール』を彷彿とさせる手法で書かれたとか。彼の『Městské války』(都市戦争)三部作の第一部(Kosmas)を刊行している。同書はAkademie SFFH(Science Fiction, Fantasy, Horror)賞の候補となったほかAeronautilus賞を受賞している。第二部(Kosmas)と第三部(Kosmas)はそれぞれ2009年と2011年に出版されている。レンチィンの短篇集『Beton, kosti a sny』(コンクリートと骨と夢)(Kosmas)が2009年に出ている。彼の最近の勝れた著作ボヘミア世界が舞台のホラー小説『Vězněná』(拘禁)(Kosmas)であり、2015年に出版されるとAkademie SFFH賞においてベスト・チェコ・スロヴァキア・スペキュレイティヴ・フィクション賞を贈られている。

 

パヴェル・レンチィンの公式Webサイト:http://www.pavelrencin.cz/

 

pdfファイルの公開頁:https://www.julienovakova.com/dreams-from-beyond/

 

 

 ちなみにpdfファイルはEuroconというカンファレンスの活動の一環として作成されたものらしいです。未詳。

 英語も碌に出来ない上にチェコ語は判らないので悪しからず。

 

 それではまた(しばらくはこのアンソロジーの話題が続くかもしれないですが)。

 

【追記:2016.9.19】

こちらのサイト(http://yaliusat.wixsite.com/mysite-1/blank-3)にてチェコのSF作家を紹介なさっておりましたのでリンクを貼っておきます。